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2012年5月

2012/05/27

11.(証人「渡辺 司の死」)

11(証人「渡辺 司の死」)

2002829日午前630分頃に15分おきに巡回している拘置()所職員により「変死」しているのを発見され、札幌拘置所長による記者会見では、なぜか拘置所によって自殺と断定された。同時に、司法解剖も実施しないと発表されたのである。

喉の奥に靴下を押し込み、さらにもうひとつの靴下を歯ブラシの柄(織川氏の本では歯ブラシと割り箸)で首に巻き込んで、布団の中で仰向けになって意識を失っていた。

これが発見された時の渡辺の最後の姿である。自殺とすれば相当な力と覚悟が必要な死に方である。靴下を喉の奥に突っ込みほとんど窒息状態なのにさらに自分の手で自分の首を締めあげるという大変な死に方である。苦しさを我慢してどこまで締めあげが可能なのか。素人考えでは完遂前確実に気を失って失敗すると思うのだが、専門家はこの死に方をどう判断するのか。

曽我部氏は2人の法医学が専門の医師に取材している。一人には直接会って、二人目の教授には電話で取材している。

証人「渡辺司の死」について内容を原文のまま掲載する。

(一人目の医師の見解)

私の疑問は簡単だった。人間が自分の手で自分の首を絞めて死ぬことができるのか ?ということだった。医師はたまたま法医学教室の空き時間だったと見えて、興奮気味の私の言葉を冷静にメモしながら、やや暫く考えていた。死ねるのか死ねないのか、という点については、死ねる、という答えでしょうね。実際に喉の奥異物を詰め込んで死ぬ自殺はあります。あるというのは一般的だという意味ではなくて、私が検死をした症例の中に一件だけありましたから。だから否定することはできません。本件の場合はハブラシの柄や割り箸など棒状のものを鎖骨下顎骨に引っ掛けるようにしながらうつ伏せになり、自分の体重重しにしたというのであれば、死ねます。

私が言葉を失い、呆然として医師の眼を見ていると、彼は視線を逸らしてこう続けた。

でも、かなり大変な死に方だ。よほどの決意がないとこんな死に方はできない。可能か不可能かという質問に対しては可能。普通の人間ならば無理でしょうね。

喉に異物を押し込んで、さらに靴下を自分の力で巻きつける。五~六分で酸欠になり、脳死状態になります。その後、呼吸が止まり、心停止となる。個人差があるにせよそれまでの時間は十~三〇分。医学的には脳死の段階で死亡したということになるんですが・・・・渡辺の死体がうつ伏せではなく仰向けだったことを私は再度伝えた。

「それはかなりの確率で不可能でしょう」

医師は私が伝えた渡辺の死亡状況に間違いがあるのでは、と言うような懐疑的な顔で私をやや暫く見つめた。

(二人目の教授の見解)

その後私は事務所に着いてから、ある大学病院に在籍する法医学の教授にも電話を入れた。彼は匿名を条件に、私の電話でのインタビューに応じてくれた。同じように私が知りうる限りの「渡辺の変死」についての状況を説明した。電話の向こうで長い沈黙が続いていた。そして法医学の教授は咳払いをしてから話しはじめた。

このようなケースの場合、特定の方からのインタビューにお答えすることは不適切だと思いますが、以前に似たような死体検死したことが一度だけありますので、絶対に私の名前を出さないことをお約束いただくという前提で説明させていただきます。

あなたがおっしゃった『死に方』は可能です。ただし、条件たくさんあります。下顎骨鎖骨に確実に靴下を巻き上げている棒状のものを固定する締め方を、死のうとする本人ができるということ。そして、苦しさの余り体を移動させないことが可能である状態であることです。普通の人ならば脳死状態になる直前で大胸筋と胸鎖乳咄筋が大きく痙攣して、固定していた棒状のものが勢いよく戻ってしまいます

そのようなことが起きると知っている人であれば、そうならない環境を設定することができますが、妙な言い方になりますが、はじめてこのような方法で死のうとする場合は必ず一度は失敗します。拘置所の独房内ということでしたが、一五分毎巡回適切に行われていれば最初の失敗で必ず発見する事ができます。

私が同じケースの死体を検死したことがあると言いましたのは、同じような状態ではありますが、上から本人以外の人間が押さえつけていたから可能だったのです。

死後硬直後に解剖をすると、胸部または背中から圧迫が加えられていたかどうかを生態反応によって確認することができます

 渡辺の死体は司法解剖されないことになっていることを教授に伝えると、電話の向こうでまた沈黙が生まれた。そして教授はそれじゃ、わかりません」と言って、電話は切られてしまった。

稲葉事件のキーマンである渡辺の変死。それは「警察の秘密を知っている者の死でもある。稲葉と組織の犯罪を告発しようとしていた渡辺が、自ら死ぬ理由は見あたらない。彼の目的は逮捕されることによって、刑事裁判という公の場で稲葉と組織を告発することではなかったのか。

ひとつの目的だった稲葉は渡辺の告発により逮捕されたのだから、あとは公判を待つだけではなかったのか。

札幌拘置所によって自殺と断定され、テレビのニュースですでに「渡辺の死」の一報は流れていることだろう。渡辺の死を歓迎しているのは道警だけではないか。渡辺の死によって道警の闇は藪の中へと投げ込まれた。

稲葉はマンションと拘置所と2度自殺を企てたがどちらも未遂で助かっている。渡辺は確実に一回で息のない状態で発見されている。

「恥さらし」のなかで稲葉は服役経験のある渡辺が、刑務所仲間から自殺の方法を聞いて知っていたのではと推測している。

2012/05/26

10. (方川警視の死)

10.  (方川警視の死)

2002731日、稲葉の元上司である「方川東城夫警視(56)」が自殺した。稲葉の逮捕から21日後である。

単身赴任先の釧路方面本部から監察官室の取調べを受けるため29日には札幌市南区の自宅に帰宅していた。上司といっても方川と稲葉の間には直属の上司が2人いる。

正確には方川は銃器対策課の指導官で階級的距離がある。

方川の死に関しては監察官室取調べがポイントになっている。

方川を知る現役警察官の多くが「方川さんが死ななければいけないなら、方川さんより上の人何人か死ななければいけない」と語っている。

誰に訊いても方川は気弱で部下には優しい人だったと口を揃えて言う。

札幌市南区の藻南公園の公衆便所の中で監察官室が理想とするかたちで死んでいた。

道警本部から動員された警察官が第一発見者である。「自殺する、と簡単に想像がつくような取調べをしていたということだ」と弔問に訪れた別の警察官が語っている。

そして方川の元同僚からの情報が入ってきた。

「初日(30)の取調べの後、方川さんが道警本部のある課の前を通ったところ、そこの課長が方川さんをつかまえて『お前なんか死んでしまえ!』と罵声を浴びせた。誰もが方川さんより上の連中に責任があると知っていたから、どうしてそんなことを本人に敢えて言うのか理解できなかった。怒鳴ってたのは稲葉と関係が深い奴だった。」

初日の取調べ後に帰宅して家の中で自殺未遂をした。奥さんが発見して一命を取り留めたそうだ。

奥さんが心配して監察官室の室長に事情を電話で伝えた。それで監察が翌朝(31)迎えの車を方川さんの家に出すことになっていたのだがなぜか車がこなかった。それで方川さんはバスに乗って本部に向かい、その途中で降りあの藻南公園である。迎えの車を故意に出さなかったのか、連絡ミスなのかは不明である。」

未然に防げるはずの自殺を敢えて防がなかった。自殺することを知っていての不作為である。

稲葉の上司や道警幹部の中で方川一人に道警の闇を背負わせるために、組織の意思が明確に方川を死に導いたといえる。

監察官室が取り調べるべきは道警本部の歴代の銃器対策課長や暴力団対策課長であると著者は述べている。

当時の現役警察官は語っている。「マスコミは歴代の銃器対策課長を徹底的に取材して奴らに辞表を書かせなければいけない。銃対の指導官が全ての権限を持っているような誤解があるが、実際には大きな銃器摘発事件(石狩湾新港での泳がせ捜査?)の場合には本部長まで情報は上がっている。方川さんは辞表を書かなくて済んでいる奴らに殺されたんだ」

19972月に3人組の男により札幌市豊平区の暴力団組長の自宅から現金6000万円が入った金庫が強奪され、留守番の組員が拳銃で殴られた強盗致傷事件があった。

主犯格を稲葉が逮捕したのだが、この男の供述から「稲葉が事前にこの強盗計画を知っていた」というものだった。また「拳銃の押収に繋がらないので強盗の後に車の中に何者かにより拳銃が置かれていた」という供述もあった。

警察官が強盗計画を知っていながら未然に防ごうとせず、拳銃を実行犯の車の中に仕込み拳銃所持事件として逮捕し、強盗致傷を余罪として立件しようという魂胆である。

車に拳銃を仕込んだのは渡辺で稲葉は強盗の幇助をし、拳銃押収の成績を優先したといわれていた。

稲葉は近著「恥さらし」の中でこの事件の関与について強く否定している。犯人逮捕の際車で150メートルも引きずられ命の危険もあったと証言している。しかし「天地神明」に誓ってというフレーズは朝青龍などの八百長力士たちがよく使っていた言葉でもある。

嘘や誇張、デマや大げさなでっち上げがよくあることは私もわかっているし、一度レッテルを貼られてしまうとやることなす事あることない事全てをおしつけられ、一度の失敗や不正ですべてを不利な方向に決めつけられ、でっち上げられる。いくら真実を説明しようとしても理解されない、自分の力ではどうしようもないその理不尽な苦しさや、怒りも十分に私は理解できる

報道された当時は、事件の裏事情など知る由もないが、暴力団組長の自宅に強盗に押し入るという怖いもの知らずの奇妙な事件とは思っていた。稲葉事件は知らなくてもこの事件を知っている道民は多いだろう。

結局複数のタレ込みによって稲葉は監察官室の取調べを受けることになるのだが、いとも簡単にかわしてしまう。具体的な疑惑があり逮捕者の供述もあったというのに生き延びている。著者は稲葉が強大な影の力にによって守られていたと推察している。

拳銃押収実績の高い稲葉を庇う道警幹部が複数存在したということである。

この事件では当時稲葉を告発した暴力団組員が拘置所で謎のをとげているのだが、死因や詳しい経緯は明らかにされていない。「渡辺司の死」の5年前の事である。

監察官室の取調べは非常に厳しく「お前がぶら下がれば組織が守られる」ということを平然と言う。

誰かが自殺してくれれば、それで一件落着にできる。全ての責任を抱えて死んだというのが一番わかりやすい決着の仕方というわけだ。

ある道警OBによると監察官室が警察に存在する理由は、警官の不祥事や悪事を正すためではない。どうやったら世間が納得してくれるか、どうやったら事件の印象を小さいものにできるかという組織防衛のためにあるのである。

稲葉は組織防衛のため監察官室の取調べを免れ、方川警視は組織防衛のため監察官室の取調べでを誘導されたのである。

9. (モンスター)

9. (モンスター)

昔の事で今はそんなことはない、あるいは特異な人物の特異な事件という人もいるだろう。「事件」の事すら知らない人がほとんどかもしれない。では過去の事件にすぎないと考えている人は当時は「警察」をどう考えていたのだろう。あの事件が表面化していない時点での話である。見えないところでは道警はとんでもない事態になっていたのにノー天気な市民は今も昔も警察に全幅の信頼を寄せていたのである。

稲葉事件当時も公安の協力者たちは私の訴えることよりも犯罪集団公安のいうことを信じるのである。

今現在だって表面化していないだけで「道警稲葉状態」の県警があるかもしれない。私のまわりでも協力者を含め、それでも決して「警察」を疑うことをせず「ケーサツ」をありがたく頭から信じている想像力の欠如した無知な「いなかモン」ばかりである。

警察や警察官の不祥事は年間に山ほどある。大きな問題であり由々しき事態である。しかしまだ許容範囲である。「人間だもの」。

本当の問題は警察がその権力を背景にして組織的に犯罪を行っていることだ。

私は公安(公安警察公安調査庁)を口汚く罵っているがそれでも相当控えめである。国家権力がやる事は警察ときいただけでなんでも協力するおめでたい市民の想像を超えるものである。

私がやられている組織的なストーカー行為は、単純な偶然を装ったものだけでなく説明しても信じてもらえず、体験者にしかわからない説明困難な事象もあるのだがこのことは当事者である「公安の担当者」がはっきりとお互いに認識している事でもある。

ごく一部の当事者しか知らない真実なので連中は高笑いしているだろうが。

私に対する弾圧が巧妙にどの程度のことまで行われているか、あるいはネット上の創価や公安の「被害者」と称し自作自演(なぜあれほど大量の偽物同志がリンクしあって病気の様な被害者のふりをしているのか。)をしている惨状も含め、今は表面上は穏やかなので気付くことはないだろうが、もしも一部の本物のジャーナリストたちが「真相」を万一でも知る機会があるならば、腰を抜かすような状況になっていることに気がつくかもね。私の目の黒いうちは無理かもしれないが。それでもいつか必ず「腰を抜かす日」が来るはずである。

週刊ポスト連載の427日号「化城の人」のなかで創価の布教活動に伴う狂信的暴力的な一面、そして日本共産党との関係についても書かれている。

攻撃的熱狂的で「嘘も言い続けていれば真実になる」という絶対的な親分の言葉を信じ現世利益追求のこの団体がネット社会の今の時代ならネット上でどういう活動を行うのか想像に難くない。

公安警察による自称被害者がなぜ創価工作員なのか、共産党との関係がヒントかもしれない。対立構図のからくりを念頭において考えなければならないが。

「化城の人」は創価の清濁両面をかつてないほど公正に丁寧に検証した画期的な本になるかもしれない。同時に結果的にXデー後の創価擁護の本になる可能性もある。

一番悪いのは3代目親分だけなのだと。

「稲葉事件」の稲葉圭昭元警部とは、北海道門別町出身で札幌の北海高校から東洋大に進学し、どちらもスポーツによる推薦入学で、道警の警察官に採用されたのは柔道による体力採用であった。柔道の腕前はずば抜けており、どんなに腕っぷしが強い暴力団組員と喧嘩になっても稲葉に勝てる者はいなかったといわれている。本来なら彼こそ警察官にふさわしい人物だったのかもしれない。拳銃や覚醒剤の摘発により80以上も本部長賞を授与されているエリート警察官といわれていた。しかしその実体は、

札幌市内に3戸のマンションを所有し、他にマンションを1棟所有し道警から捜査用と称して更にワンルームマンション2か所与えられ、シボレーポルシェに乗り、ハーレー・ダビットソンを3台所有し、銃器対策課の婦人警官刑事2人愛人にし同時に3人の愛人(織川氏の本では8)を持ち、ススキノの暴力団の組長からは「兄弟」とよばれ組員からは「親父」とよばれた暴力団の幹部のようなシャブ中の現役警部が、市民を守り法律のもとに正義を実現する北海道警察に所属し、道警本部にはまともに出勤せず、フレックスタイム制とうそぶき、警察手帳を持ったヤクザがその権威をちらつかせてススキノの飲み屋に出入りし、捏造捜査で拳銃や覚醒剤をSに密輸させ自らも密売し使用していたのである。

とこういう風に簡単に書いてしまうと、稲葉元警部の悪党ぶりだけが際立ってしまうのだが、

しかしこのモンスターを生み、そして育てたのは北海道警察という警察組織であり、「ヤクザの親分のような生活をしていたあぶない稲葉」を黙認していた道警の幹部達は稲葉の「首なし拳銃」の押収実績により出世し自らも違法捜査に関わっていたのにほとんど責任も取らずに稲葉だけに責任を押し付けて決着を図ったのである。

いや幹部の中にひとりだけ責任とって自殺した(させられた)人物がいる。「方川東城夫(かたがわとしお)警視」である。

本当のモンスターは実は稲葉ではなくその気になれば人間を「生かす」ことも「殺す」こともできる「警察という権力組織」である。

後に(稲葉の論告求刑の前に)、責任を感じたかどうかは不明だが当時の銃対課長のI氏が自己都合で退職している。

稲葉の実像については曽我部氏はこう書いている。

稲葉という人物が単純で、上司のために必死で実績を残した警察官であることには疑いの余地はない。だが、稲葉の不正による罪を一緒に被る勇気のある上司はひとりもいなかった。稲葉を踏み台にして出世していった上司は数多くいるのに、彼らは稲葉の逮捕後、必死で沈黙を守り続けている。

稲葉の人物像をひとりの不良警官として見るのは誤りだ。稲葉は紛れもなく上司と組織によって作り出された「稲葉」という警察官を演じていたに過ぎない。

稲葉自身が警察での取調べで語っている、自暴自棄になり覚醒剤に手を出したということについて、もう一度考えてみるべきだろう。

8.  ( 逮捕 )

8.  ( 逮捕 )

逮捕の翌日には、なぜか渡辺の身柄は東区苗穂の札幌拘置()所に移送され、さらに警察の意図的な不作為か渡辺の黙秘によるものかは不明であるが(織川氏の本では黙秘と断定)警察の供述調書が作成されない中、札幌地裁の判事による勾留質問が行われたのは逮捕から2日後の7月7日である。

警察や検察に握り潰されずに、どうすれば判事の前で事実関係を話す事ができるか助言した人物がいる可能性を示唆しているが、逮捕歴のある渡辺は捜査の流れを知っているので最初から判事の前での発言を計画していたのではないか、そしてその計画に一枚かんでいるか、あるいは最後のひと押しをしたのがT警官なのではというのが著者の考えである。

渡辺が稲葉のS(捜査協力者)として多くの「事件捏造」を仕組んでいたことを知っていた道警内部の警察官たちもこの時点では渡辺が「稲葉と道警」を裏切る爆弾発言をするとは誰も考えていなかった。渡辺が逮捕された際、覚醒剤の出どころを一切話してないからである。

彼は警察が組織力を駆使しても隠蔽できないよう、警察や検察の力が及ばない裁判所の判事の「勾留質問」に答えるかたちで、彼の目的である「稲葉警部個人の犯罪」と「北海道警察の組織的犯罪」を公の場(判事の前で)に晒す事が一応できたのである。

判事の前での渡辺の発言をきっかけに稲葉はその3日後に逮捕されるのだが、家宅捜索は1週間以上も後からで、しかも稲葉の主たる居住先のマンションは20日以上も経ってから捜索している。道警にとって都合の悪いものが出てきたらまずいので共犯者に時間的猶予を与えたのである。この時点では推察される共犯者が実際にいたかどうかも明らかにはなっていない。信じがたいことに家宅捜索をしたのが道警本部の薬物対策課や、銃器対策課など生活安全部捜査員たちである。証拠隠滅や共犯者の隠避が疑われてもしかたのない状況である。

ガサ入れで押収した覚醒剤は報道では93gであるが、著者もウラはとってないが信憑性のある現役警官からの逆タレ込みでは1.2kg押収したそうである。

稲葉自身も逮捕前のアジトに現金と700gの覚醒剤があったと証言しているが、結局うやむやになっている。

100gで末端価格が600万円、使用分量は4000回分。93gだけでも幹部警察官による「覚醒剤の密売」が導き出される。

道警は当初事件を意図的に小さくするために、渡辺の「覚醒剤所持」と稲葉の「覚醒剤所持、使用」を全く無関係の別の事件として扱っていた。渡辺の調書の作成段階から意図的な隠蔽作業が始まっていたのだが、稲葉が逮捕されてからはなりふりかまわぬ隠蔽工作である。

覚醒剤の押収量も当初は0.44g監察官室は発表していたが通信社の記者に追及されて隠しきれなくなって公表したのが93gで、「使用」と「密売目的」では幹部警察官の犯罪としての悪質性が全く違うのである。

問題なのは覚醒剤の量などではなく、マスコミが察知しなければ発表しない、既に知られている情報は発表するが、知られていない事実は事件に関連した重要な事でも自らすすんであえて発表しないという道警の姿勢である。

逮捕された稲葉の供述調書もあまりにお粗末で支離滅裂であった。隠蔽しなければならないほど、警察組織全体に影響をおよぼす大変な事態になっていることを道警の幹部たちが承知していなければこんな調書は作成されないとある。

泥棒の仲間がその泥棒の調書を作るようなものだから当然信用できない内容であろう。

覚醒剤の押収量の隠蔽も通信社の一人の記者の猛烈な取材で明らかになったのだが、気になるのは「小ネタ」のために無関心を装う他のマスコミの姿勢である。

警察という強大な権力機関の事実隠蔽に対してマスコミ各社はをむくどころか、より穏便な方向へと向かっている。』『各社の反応はあまりにも寛容でおとなしい』『マスコミ各社は敢えて道警に騙されている』と著者は表現している。

この事件の発覚の際の地元紙の扱いはどうなのか。

2002710日道警生活安全部特別捜査隊の班長である稲葉警部の覚醒剤使用が発覚の際北海道新聞の一面は鈴木宗男斡旋収賄罪で起訴されたことであり、稲葉の事はかろうじて社会面の一面で報じられている。

ほとんど北海道のローカルな事件扱いで新聞報道の扱いは予想外に小さかった。

また日本ハム球団の本拠地が札幌ドームに移転が決まり記者会見が札幌ドームで行われたのも稲葉警部逮捕の日だった。

偶然なのか意図的に報道する記事の選択をしたのかはわからないが道民の関心の高いニュースが同日に集中している。北海道でさえこういう報道のされかたなのだから北海道以外では当時はこの事件のことを知らない人がほとんどだろう。

現役警部宅から「覚醒剤100g押収」の報道で道警本部激震していた日、警備畑出身の上原美都男道警本部長は夏季休暇の知床旅行中で最後まで休暇を全うした

この本部長、後に辞任することになるのだが稲葉事件が理由ではなく20037月の天皇の北海道行啓の際の警護で「御召車」へのイカレタ男が車で突進した際の白バイの接触事故が原因で辞任したのである。稲葉事件では最高責任者でありながら警察庁長官による訓戒程度の処分で済んでいる。

7.(すべての始まり)

7.(すべての始まり)

ここでは主に曽我部氏の著書を参考に「事件」の闇と警察という権力機関が何をどこまででき、何を行うのかその要点部分を紹介しよう。10年前の事件で現在のスピード感覚では古い話になるが決して風化させてはいけない事件のひとつである。

かつて警察犯罪史上最悪といわれた神奈川県警の事件が1999年にあったが、「稲葉事件」はそれをはるかに超える事件である。

ノンフイクション界の巨人が指摘したように、誰が読んでもまさに「すさまじい」という言葉でしか表現できない衝撃的な内容である。暴力団関係者や捜査協力者周辺、稲葉幹部達のやり方に疑惑不信感をもつ100人以上の現役警官やOB達への地道な取材に基づいた内容でもある。

200275日稲葉警部の捜査協力者「渡辺() 司」が覚醒剤を持って札幌市の警察署に現れた。

尿検査による「陽性反応」は出なかったので単純に覚醒剤所持による現行犯逮捕であるが、

その覚せい剤は稲葉が所持し注射や吸引で使用しているものである。渡辺はこの時はまだその事実を明らかにはしていない。

そもそも稲葉とは親密な渡辺が暴走をはじめたのは渡辺の借金と借金に絡む稲葉と交わした借用書をめぐる感情の行き違いが発端である。このとき稲葉は覚醒剤で既に「壊れはじめていた」。その事もあり、渡辺は稲葉との「捜査協力者の関係」から、足を洗うつもりであった。

借金がからんだ暴力団の「追い込み」を稲葉と道警側がけしかけたと勘違いし迫りくる暴力団の影に「消される」と思った渡辺が生き残る手段として警察に駆け込み、稲葉と道警幹部の不正や道警組織の「ヤラセ捜査」「おとり捜査」を公の場で全てを話すつもりで、捨て身の出頭を企てたのである。

自分と稲葉があれほど道警の捜査に貢献し幹部たちを出世させたのに、なぜ切り捨てられなければならないのか。北署に向かったのはその思いもあったようである。

当時の小林北警察署長は1997年に銃器対策課長を経験した後に異例のスピードで警視正まで出世している。渡辺の密告による銃の押収や稲葉の逮捕者なしの「首なし拳銃」の異常な押収実績のおかげである。

渡辺は北署の留置所で「小林署長を出せ!」と喚いているが直接抗議する意味もあるのだろう。

消される」という恐怖にかられていた渡辺は北署に向かう当日車中から携帯で知り合いの警官、記者、方川氏、元妻、暴力団関係者等に「これから実行することについて」数件電話している。これは自身が闇に葬られないために渡辺なりに考えた、証拠を残す安全策だったのではないか。生きることや道警に対しての強い執念が感じられる。

後に曽我部氏は稲葉事件が発覚するきっかけとなった渡辺の自爆テロともいえる突然の出頭についてこう結論づけている。

「弟のように可愛がっていた」と言いながら公判号泣するくらい稲葉に思われていた渡辺であっても、稲葉を脅迫し彼から二000万円以上の金を引き出していたという。それ以外にも渡辺はNMという人物などからも多額の借金をしていたことが後でわかった。

ひとつの犯罪秩序の中で生計を立てていた者が借金に追われ、その現実からの逃避自己の正当性を主張するために、稲葉と北海道警察を矢面に立たせようとしたことがこの事件の端緒だったということを忘れてはいけない。

この日渡辺が北署に出頭して逮捕されなければ、稲葉個人の犯罪も稲葉と渡辺や石上を中心とした多くの「事件捏造」や直接間接に関わった道警の幹部たちによる不正や犯罪も表面化することはなかった。

結局「稲葉事件」はなかったことになり、そして今も警察権力の威信を保ち続けて北海道警察は市民から信頼され頼りになる存在であったはずである。

もっともこういう事件があろうがなかろうが、「警察を盲信」している市民が大多数なのだが。

警察犯罪史上最悪の事件がほんの些細な偶然で表面化しただけである。北海道警察の内部の状況はあの当時はあのようであったのだが、では他の都府県の警察本部はどうなっているのか。今のところ表面化していないというだけのことではないのか。その可能性が全くないとは言い切れないのではないか。もしも道警のような事態になれば既にもっと上手に隠蔽しているだろうが。

一北海道警察だけの問題ではない」という佐野眞一氏の指摘は警察という権力組織の構造はどこも同じで、他の府県警、警視庁はいつでも「道警になり得る」あるいは既に「道警状態にある」ことを示唆している。

多額の借金が絡んだ感情的な行き違いによる道警の捜査協力者の自爆テロによりたまたま稲葉事件が発覚しただけのことである。これがなければ、道警の幹部たちは「稲葉警部のシャブ中」がにバレる前に「体調不良」や「自己都合」で休職か退職させ穏便に内部処理したであろう。遅かれ早かれすでにその段階にきていたのが渡辺の暴走によりその筋書きが崩れたのである。道警のS渡辺の借金問題をめぐり稲葉も道警幹部たちも軽くみていたのがそもそもの「始まり」のきっかけである。

私の個人的な考えではいずれ暴力団に消され闇に葬られる運命であったのを一部の道警幹部も知っていてあえて傍観していたのではないか。それが消される前に先に駆け込まれてしまって警察の対応が後手後手になったのではないか。協力者が内部告発するようでは最初から使えない。協力者が「警察」を裏切って証言をすることはありえず、今までもなかったことで想定外のことが起こったのである。

さらに渡辺の北署への出頭がなければ1年後の「道警裏金問題」の発覚はおろか「不正経理」など存在すらしていなかったはずである。暴露本の出版により「」が露呈した稲葉事件そのものを隠蔽、風化させるためにあえて発覚」させたのだから。私の個人的推測ではあるが。

6. ( もう一冊の「稲葉事件」)

6. ( もう一冊の「稲葉事件」)

当時もう一冊「稲葉事件」を扱い、本としては曽我部氏より2カ月早く著者の勤務する出版社ではなく講談社から出版されている、織川 隆(ペンネーム)北海道警察 日本で一番悪い奴ら』がある。

警察を「信じて疑わない人」や「想像力の欠如した人」には信じがたいタイトルかもしれないが、正しいタイトルである。「事件の本質を考えればタイトルから「北海道」を削除してもいいだろうと私は思う。

犯罪を取り締まる機関がその権力をバックにして重大な組織犯罪を犯していたのだから、その犯罪の規模と隠蔽の小細工からもみても当時の道警は「日本で一番の悪党」であったことは間違いない。数名の幹部たちが自ら説明することなく逃げきりめでたく定年を全うしたことを考えると、現在の道警もいまだに悪党の影を引きずっているのかもしれない。

この本を積極的にとりあげなかったのは、稲葉事件の重要な証人の変死についての検証、考察が少なかったことや稲葉事件に対する当時のメディアの消極的な対応の状況がほとんど書かれていないし、道警だけの問題ではなく全国の警察組織に共通する問題である可能性についてもまったく触れていないからである。

証人から元妻への10の手紙全文の内容がそのまま掲載されている。渡辺の怪死を検証する重要な資料になるはずである。この様な手紙を全文そのまま掲載する目的は疑惑の死を検証するためなのだが、親族の言葉だけで積極的に検証がされていないように見える。

曽我部氏はこの渡辺の手紙が先入観予断の原因になるとしてあえて掲載していない。

生前の悪行が死んだことによって消えるわけではなく、遺族の側の身内への思いによるある種の「美化」を排除するためである。

この本で特に気になる事件の闇のひとつ「証人の死」に関してだが、

遺族の側による「司法解剖」の申し出を拘置所側は許可したのだが、遺族側がやらないだろうとみていたか、もしそうなった場合でも拘置所側は「事前に抜かりなく」対応する可能性もあるので、「司法解剖を遺族に許可したこと」が自殺と判断する根拠にはならないと私は個人的にそう考えている。

織川氏が拘置所側の立場を代弁しているようにさえ見えてしまったのだが。

「公安さん」に様々な場面で小細工をされ虐められ続けて、物事を疑ってかかるクセがついてしまった私はついつい考えてしまうのである。

「全国の警察組織が共通して内部に抱えている問題を稲葉一人と道警だけの責任(実際には責任らしい責任をとった幹部は一人もいない)で一件落着させる、まさか「警察」という組織そのものを守るための手の込んだ後方支援の本ではないと思うが。」

数年後に出版された関連本のタイトル極悪警部シャブと警察の闇」を見てよけいにそう思うようになったのだが、私の考えすぎ、深読みしすぎかもしれないしあるいはただ単純に著者の掘り下げ方が浅いのでそう見えるのかもしれない。

私の読み間違いならば、かえって歓迎すべきことで、私の置かれている立場からも警察の真実(秘密の公安警察)を白日のもとに晒してくれる一人でも多くの「アンタッチャブル」に切り込むのジャーナリストの登場を誰よりも願っているのだから。

ちなみに本のタイトルだけは公安(公安警察や公安調査庁)悪質さに鑑み私のブログのタイトルの参考にさせていただいた。

最近「外事警察  その男に騙されるな」という日本映画が公開されるようである。公安警察を過激なタイトルで告発している人間はほとんどいないので私のことを匂わしているのかなと思ってしまう。「その男」というのも気になる表現である。なぜ「あの男」ではだめなのだろう。「STの苗字を知っている人は何かを感じるかもしれない。被害妄想になるのでこれ以上は言わないが。もちろん内容は別の話だろう。

善意の協力者が多数登場するそうなのだが、組織的なストーカーの最大のポイントも「協力者」であり、協力がなければ組織的なストーカー犯罪は成立しないのである。

外事3課の仕事ぶりは「漏洩事件」で都合よく広く知られる事となったが、真実はドラマや映画で描かれるような公安にとって都合のよいきれいごとだけではない。

国内での活動は単純な監視活動などではなく積極的な犯罪行為が厳然としておこなわれている。公安(特に公安調査庁)が危険団体の情報収集調査が仕事のようなイメージができあがってしまっているが大きな間違いである。世間で思われているよりもかなり積極的な機関のようである。

邦画はもうあまり観ないがサブタイトルが気になったのでついとり上げました。

制作する必然性もない映画で、主役を「大根」が演じている公安警察御用達の映画がヒットするはずもなく、私なら金をもらっても観ない。

どうせ「おすぎ」が何年か前に言っていた「ゴミみたいな映画よ」が邦画界にまたひとつ増えることになりそうだ。

私の言うことが嘘かホントかレンタルになったら確認するのもひとつの方法です。

ただ世の中には変わり者がいて脳みその回路が一部ショートしているのか、ゴミ映画にも感動するバカタレもいるので・・・・・。

私個人としてはお金と時間の無駄だと思うのでお奨めしないが。

 やはり1週間でゴミになったようです。ご愁傷さまです。≫

暴力団と渡り合うには対等かそれ以上の剛腕刑事でなければ務まらないだろう。ニュースなどでも容疑者連行の場面でどちらが暴力団かわからないごっつい顔強面の刑事をよく目にする。覚せい剤の常習は珍しいだろうが暴力団関係の情報を得るためにも、「信頼関係」を築き持ちつ持たれつになっている稲葉と同類の刑事が全国にゴロゴロいるはずなのは容易に想像がつく。

確かな情報を得るために警察組織としての目溢しや犯罪と変わらない裏取引がなければ拳銃や覚醒剤など暴力団組織が絡んだ事件の捜査はやっていけないないかもしれない。稲葉に道警幹部黙認不作為による目溢しや暗黙の了解の有形無形の協力があったように。

著者も指摘している。暴力団と警察の関係はGHQの日本進駐時代から密接であり、闇市からのし上がった「愚連隊」が「レッド・パージ」のために利用されていた時代から脈々と続いている。

全国の警察組織と暴力団がある程度の癒着構造で結ばれていなければ、とっくにヤクザという言葉は死語になっているはずだ。

既に施行されてる「暴力団対策法」も表面上の数字では効果があったように見える。しかし実態は暴力団員が組員を名のらず顕在化してしまい、見えずらくなっているだけである。

昨年も「暴力団排除条例」が全国で施行されたが、暴力団による犯罪は形態を変えて一定の規模まで減少するように見えるが消滅することはありえない。

暴力団関連の法律も改正する前に最初から厳しい法律にすればよさそうなものだが、掛け声ばかりが目立ちこの先暴力団が壊滅することはないだろう。

そのうち生き残りをかけて表向き組に所属しない一般人と見分けのつかない髪の毛を七・三にきちんと分けた地味な会社員ヤクザが主流になるかもしれない。

5. (犯罪集団)

5. (犯罪集団)

稲葉事件当時の小樽や札幌周辺で中古車業を営んでいるパキスタン人の顧客殆んどがロシアマフィアである。札幌市内やその近郊には正規の中古車業者は山ほどあるので怪しい胡散臭い外国人の店で怪しい中古車をわざわざ買う日本人は皆無である。

つまりロシアマフィアが主にロシア船員と商売するためにパキスタン人に中古車業をやらせているわけだ。

ロシアマフィアのフロント企業であるパキスタン人による中古車業者マリックと、「稲葉という警察官を頂点とした渡辺司、工藤、小山、石上、小林という道警のSたち犯罪集団」が、密接に絡み合うことでより強大な犯罪集団を形成していた。

彼等S たちの前科の合計は8犯になる。

稲葉が主に使っていたS5であるが全部で20以上いたと公判で稲葉自身が証言している。稲葉だけではなく生活安全部が銃器と覚醒剤の摘発のために「捜査協力者」として暴力団関係者を常時13人ぐらい(途中で服役の者を除く)は使っていたことになる。

「恥さらし」のなかでは密接に付き合っているSは常に10人ぐらいいたとも稲葉は語っている。

この稲葉を頂点とした犯罪集団は小樽港に寄港したロシア船船員を通じてロシアマフィアから覚醒剤や拳銃を仕入れる

そしてその覚醒剤や拳銃をS(捜査協力者)に密させ、その売った先を稲葉が検挙する。

Sであり稲葉が拳銃押収で並はずれた実績を挙げたカラクリのひとつである。

逮捕の数年前から稲葉は覚醒剤の使用だけでなく直接自ら密売もしている。

Sを使うようになってから稲葉は道警からの毎月の給料をまるごと別居の妻に渡し、覚醒剤や拳銃の密売取引で得た金は自身の生活費やSたちの面倒をみる経費として使っていた。

年間600以上の盗難車をロシアマフィアに売り、支払いが全て現金ではなく時には北朝鮮製の覚醒剤やマカロフなどの拳銃や密猟カニで支払われる。

渡辺たちSの仕事のひとつが代物支払いされた物を換金するために売りさばくことである。

そして、カニ以外の「覚醒剤」や「拳銃」を買ったものたちを検挙するのが稲葉の仕事であり、事件を造り上げて実績をあげていたのである。

渡辺は盗難車を小樽港に移送してマリックに引き渡し新潟港や留萌港などに持ち込まれる覚醒剤や拳銃を引き取って運ぶという最も危険な仕事もさせられている。

ロシアマフィア関係者によると、稲葉の逮捕前にパキスタンに逃げたマリックは小樽港の税関職員から埠頭を閉鎖しているゲートの合鍵を受け取っていたという。その見返りに密輸した車一台当たり数万円をマリックたち犯罪集団は税関職員に支払っていたという。

小樽港や石狩湾新港は事件捏造おとり捜査の舞台となり、盗難車や拳銃や覚醒剤の密輸をめぐって警察、暴力団、ロシアマフィアさらには税関までもが入り乱れて犯罪の秩序が構築されていた。

199711月に小樽港の岸壁付近で張り込んでいた道警銃器対策課の捜査員たちによってアンドレイというロシア人船員が現行犯逮捕された。逮捕容疑はトカレフと実包16発を持ちこんだ銃刀法違反、所持である。

この拳銃押収事件は、道警稲葉S(捜査協力者)であるマリックとその従兄弟のハンザフルと渡辺司の事前の綿密な打ち合わせにもとづく捏造事件である。

拳銃1と嵌められた「人身御供にされた逮捕者一人」の目立たない事件なのだが道警が組織的仕組んだ捏造事件の中でも象徴的な事件である。

この事件のポイントはロシア人の拳銃所持事件を立件するのと引き換えにパキスタン人たちは盗難車の密輸道警に許されていたということだ。しかも税関を通さずに船に積み込むというやり方で。

公判でアンドレイの国選弁護人はハンザフルとマリックを利用した道警の違法な囮捜査であるということを一貫して主張し続けた。

三人の警察官(方川、千葉、稲葉)検察官の了解の上、法廷で偽証し、検面調書においてもSたちに虚偽の供述をさせている。札幌地検の検察官共謀していたということだ。

警察官を証人として法廷に出廷させる場合、銃対課長や生活安全部長などが検討会を何度もやって本部長までの決済を仰ぐという。

結局アンドレイは、道警銃対課の幹部警察官や稲葉の偽証により捏造事件の犠牲になり懲役2年の実刑判決を受けている。

後に稲葉は死んだ方川一人にすべての責任を押し付ける幹部たちの態度に怒り、獄中から幹部たちを告発しアンドレイ事件の詳細を証言している。

2000年に「泳がせ捜査」の名目で道警銃器対策課が主導し函館税関の協力で石狩湾新港に荷揚げされた違法薬物は、1回目は香港から覚醒剤130キロ(40億円)、2回目はシンガポールから大麻2トン(60億円)である。

S(元暴力団幹部石上)の計画と関東の暴力団の話にのった道警銃器対策課と函館税関小樽支所が画策したことなのだが、つまり暴力団と警察と税関がコラボレーションし「泳がせ捜査」の名のもとに大量の違法薬物を密輸入したのである。

これらは拳銃200を中国人に密輸入させて身柄つきで200丁もの銃を摘発するために、大量の拳銃が欲しい道警の銃器対策課が大量の覚醒剤、大麻が欲しい暴力団と手を組んで画策実行したことである。

「泳がせ捜査」といえば聞こえはいいが、銃対課の数字の実績を挙げるためと、警察庁からの1丁あたりいくらという予算をとるために海外から大量の銃を手に入れるための捜査であるから、最初から道警主導の単なる「拳銃の密輸入計画」である。

道警の幹部たちが暴力団に調達を依頼した銃を密輸入するために、その見返りとして先に暴力団側にに覚醒剤と大麻を与えるために道警が先頭に立ち税関グルになって違法薬物を密輸したのである。

最終的に「覚醒剤」は暴力団を手玉に取り失踪した道警のSを介して、「大麻」は関東の暴力団を介して国内にすべて流通させてしまったのである。拳銃200丁の話は暴力団と道警をだしぬき覚醒剤をまんまと手に入れて失踪した道警のS(元暴力団幹部)の「架空のハナシ」だったのである。

何の成果も得られず、税関に2回も大きな借りをつくった道警はその恩に報いるために2001さらに新たな事件を捏造した。ロシア船に拳銃を仕込み、それを函館税関小樽支所に摘発させたのだ。常時数十丁の拳銃が手元にあった稲葉がそのうちの20を提供しロシア船に仕込み税関が押収したのである。

稲葉氏の証言による道警銃器対策課の非常に悪質でかつ間抜けな事件なのだが、稲葉事件が発覚しなければもともと表面化しなかったことでもある。

警察と暴力団との昔からの「緊張関係」と同時に「信頼関係」を考えると、全国の警察で表面化していない類似のケース(内容や程度は違うだろうが)が相当あるのではないか。

稲葉事件が発覚したあと摘発できる情報を持っていても敢えて暴力団やマフィアの小樽港でのビジネスを野放しにし、道警が手を下さなかった理由は適正な捜査をすれば稲葉事件の規模が拡大してしまうからである。

税関や道警の不作為や関与立証してしまう捜査はあえてしないのである。

小樽港でのでっち上げ事件や違法捜査に関わった税関職員は稲葉事件の陰に埋もれてしまいまったく追及されていない

事件発覚以後に税関職員の人事異動がさかんに行われたという。

2001年の大阪府警による札幌発大阪のトワイライトエクスプレス号の個室での10丁の拳銃押収事件は稲葉がパキスタン人を経由してロシアマフィアから仕入れ、渡辺が暴力団組員に売った拳銃だった。その銃を組員が空路で先回りし「大阪駅で回収」の予定が手違いで客室に鍵がかかってしまい入られなくなった組員が取引した銃を回収できず、そのまま逃走した。後に暴力団組長と組員13人が逮捕されている。

実はこの事件にも裏があり、道警が自分の管内で押収すると渡辺たちSが危険にさらされるのと、稲葉を頂点とする「事件捏造システム」がバレるのを防ぐために道警の銃器対策課が大阪府警の銃器対策課にあえて情報を提供した結果である。

この事件では稲葉以外に渡辺たち捜査協力者を動かしていた警察幹部がいることを示唆しているが稲葉自身の告白によればトワイライトエクスプレス事件での関与も強く否定している。それが事実とすれば別の銃対課の道警幹部Sを使っての拳銃の密売に深く関わり直接犯罪を指示していたということになる。

ある大阪府警の関係者によると、家宅捜索の時に組事務所から「○○県警に○丁」という走り書きのメモが押収されていたという。

2001年のことだが暴力団が警察の注文を受けて拳銃を手配していた可能性を示している。

道警だけでなくどこかの県警も拳銃の押収実績づくりのために暴力団に依頼して拳銃を調達していたのではないか。

「そんなことがあるわけがない。」と常識的には一笑に付される想像なのだが、笑いながら顔が引きつりそうである。

2012/05/13

4.  ( 裏金が重大 ? )

4.  ( 裏金が重大 ? )

冷静、公正に考えれば稲葉事件のほうがはるかに深刻な問題だと皆が思っている筈。そう考えた私の見方は偏っているのか。

嫌がらせや脅迫のなかでおそらく命がけで取材、追及したであろう当の曽我部氏は、「北海道警察の冷たい夏」出版後2カ月ほどのタイミングで発覚した裏金問題についてどう思っていたのだろうか?

事件の数年後の著書の中で、私の数年来の疑問に答えてくれる一節を見つけた。

その間にテレビ朝日の「ザ・スクープスペシャル」によって明らかにされた道警の不正経理問題もあった。野心の上に正義をかざした人たち鬼の首でも取ったかのように喜んでいる姿を横目で見ながら、私は「稲葉事件」のその後を追いかけていた。  

                           曽我部司「白の真実」

大手メディアのお抱えのような評論家、一見権力側の批判を展開しているようにみえるのだがどこか白々しい有名ジャーナリスト達。「裏金問題」でなぜか活況を呈した当時のマスコミの様子を、冷静な口調ではあるが痛烈に皮肉っている。道警の二つの不祥事問題でジャーナリストたちが取るべき本当の「鬼の首」は、「稲葉事件の背後に広がる闇」の解明ではなかったのか。警察権力ののような一面を暴き検証告発することではなかったのか。

暴露本の出版による警察組織への影響の大きさを考え、あえて「裏金問題」を発覚させ国民の関心をそちらに向けさせたのではないのか。

著者もあのタイミングでの「裏金問題」の発覚に対しては違和感を感じていたように私には読める。

警察とマスコミの関係を示す話として、曽我部氏はこういうことも書いている。

ある道警記者クラブに席を持つ記者が私にぽつりと話した。「この事件を突っ込んで取材すると、他社を抜くネタを拾えなくなるから・・・・・」

正直に告白する記者がいることはまだ救われる思いがする。普通マスコミはこのような裏事情については正直に伝えないことが多い。

フリーである著者は当然取材に制約を受けるだろうが、警察記者クラブ所属の記者はまるで「無言の恫喝」をうけているようだ。警察側の意に反する取材は踏み込んでできない雰囲気になっているようである。しかしこれはマスコミ各社どこも同じで警察担当の記者が警察に餌付けされ子飼いのようになっているのは必然的で限界でもある。

談合ジャーナリズム」の記者達に真相の究明を求める方がまちがいなのだろう。

彼等は警察の「大本営発表」をほとんどそのまま記事にするしかないようだ。

刑事警察でこの状況である。秘密警察である公安に関した事ならばいったいどういうことになるのだろうか。心配ご無用、公安警察にとって都合の悪いことなど初めから存在しないことになっているので報道の際に問題になることなどひとつもないのです。秘密警察の予算の本当の執行状況や捜査活動の実態がすべて非公開とはこういうことなのである。

公安警察においては、仮に稲葉事件を凌駕する事件が内部で起こっていても表面化することは絶対にないので最初から隠蔽工作など必要ないのである。本物の「内部告発」があれば別だが。いままでも告発じみたことはあったが「公安警察の体制」に全く影響のないことばかりである。

刑事警察には一応「メディア」や「マスコミ」の「監視カメラ」がついている。機能していない事もあるが。しかし公安警察という権力機関には最初から「監視カメラ」がつけられていないので告発のきっかけすらない。つまりやりたい放題の野放し状態にあるということである。

3.  ( なぜあの時期に )

3.  ( なぜあの時期に )      

裏金など何十年も前から行われてきたことでどこの県警でも目立たないよう普通に行われていたはずである。

警察に限らず裏金と呼ばれる公金横領は日本のあらゆる公的機関で昔から行われている。個人の横領は別としても、カラ出張旅費やカラ時間外手当を請求しプールして歓送迎会や親睦会の一部として本来の目的外に使われることは、公務員の世界では慣習のように昔から行われてきたことで特殊なことではない。「組織全体の円滑な運営のために公金を便宜的に使わせてもらった」程度の共通認識で罪の意識をもつ者はほとんどいないだろう。

しかし犯罪であり悪しき習慣であることに変わりはない。

原田氏によると稲葉事件が起きた原因のひとつが裏金問題であると書いている。全く無関係とも思わないが、こじつけのような感じがする。直接に事件の引き金になっているわけでもない。稲葉事件は裏金問題とは全く「別の次元の問題」といってもいい事件である。

数名の道警幹部が関与し二人の関係者が自殺(一人は変死)に追い込まれ、道警のSのなかに行方不明の者もいる。稲葉の犯罪集団と取引関係にあったロシアマフィアは韓国で射殺されている。

かなりインパクトのある事件なのだが当時のマスコミも積極的に追及したようには見えないフシギな事件である。

一時期「原田氏の部下であった稲葉」の事件がなければ裏金の告発はなかったとも述べている。告発を決めた際に道警からの引きとめや脅しがあったそうだ。

稲葉に絡めて「稲葉事件の」から世間の関心を逸らさせるにはうってつけの役どころで当時は最適の人物の登場だったかもしれない。

ネット上での巧妙な自作自演を見慣れすぎ、協力者たちの「組織的ストーカーに関する」を散々体験してきた私は、社会的に立場のある人間であっても言ってることや行っていることを今ではそのまま素直に受け入れる事ができなくなっているのです。

警察官が組織ぐるみで公金を横領しているのだから事件であることはまちがいない。

私が不審に思っているのは、なぜあの時期あのタイミングで道警の裏金問題にスポットラ

イトを当てなければならないのかということである。

やるんだったら「稲葉事件」の全ての闇を解明してからでもいいではないか。稲葉事件の何年も前からできたことではないか。錚々たるメンバーが集まって語るべきは、「道警の裏金問題」などではなく「道警の稲葉事件」ではなかったのか。

どこかの誰かさんもとってつけたように、裏金問題と一緒に稲葉事件をとりあげているが、稲葉事件などもう既にどこかに吹っ飛んでしまったようなものである。最近では稲葉氏の告白本に絡めて裏金問題との辻褄を合せているようだが当時の状況は全く違うものであった。

                                                                                                                                 

1年ほどのほぼ同時期に発覚し、北海道警察が組織として関わった2つの不祥事「稲葉事件」と「不正経理問題」の重さを考えた時、マスコミが取り上げジャーナリスト達が追及すべきは稲葉事件の背景の闇ではなかったのか。組織防衛のために都合の悪いことを隠蔽し闇に葬り去る警察組織の閉鎖的な体質こそがはるかに大きな問題だろう。

スクープ番組による裏金問題の発覚、そしてそれを補強するようにダメ押しするような

既に退職して傷つくこともない道警OBタイミングよすぎる登場による「不正経理」の内部告発。

曽我部氏や織川氏の衝撃本の出版後に道警の「裏金問題」の唐突な発覚である。

を切らしてを断つ」という典型的で効果的な隠蔽工作の臭いがする。組織防衛のためにマスコミをまきこんだ大掛かりで狡猾かつ巧みな隠蔽の方法ではないのか。

警察組織の痛手を最小限でくいとめるために、「稲葉事件」そのものを矮小化するため

マスコミも側面から隠蔽に加担している可能性があることに気付いたとき(なぜ裏金問題なのか!)当時は私も背筋が寒くなったのものである。

メディアが警察権力の組織的な腐敗を隠蔽する側にもしも加担するとしたら(事件に消極的という意味である)、新聞社や特にテレビ局を始めとしたメディア関連企業の都合によるものであろう。

警察官、教員もそうだが個人の性欲や物欲による犯罪や不祥事は「人間だもの」ある意味仕方のないことで、組織全体を考えれば許容範囲内である。警官が携帯のカメラで若い娘のスカートの中の危険物捜査しても大きな問題ではない。被害者の個人情報を加害者に洩らしたり、個人のストーカー被害よりも「宴会」を優先しその結果被害者が殺されてもまだ許容範囲である。メディアも警察の不祥事としてはりきって徹底的に追及するだろう。

しかし稲葉事件のようなケースでは違う。

警察組織全体が不正の元凶であるかのように著しくイメージダウンしたり、ましてや複数の幹部警察官が直接関与し本部長以下が見てみないふりをしたり結果として警察組織が犯罪に関わっていたなどという事実は絶対に知られてはならないことである。

もしバレテも最小のダメージにするべく巧妙な警察の組織防衛が始まり、メディアは「慎重に」様子を見ながら、警察の顔いろを窺いながら行動するはずである。

たとえば、基本的に警察や国家権力組織関係(FBICIAも含め)の主人公がヒーローとして描かれなければ、結局のところ映画、テレビドラマ、小説等が成り立たない。

刑事や捜査官はヒーローで、警察機関も正義を実現する組織でなければならない。

警察組織自体が腐った組織なら年間何十本もの民放各局の24時間警察密着のスペシャルといった警察の「真面目な仕事ぶり」を宣伝する警察御用達番組なども制作しずらいだろう。

その意味でもこの稲葉事件は警察側にもメディア側にも両方にとってのやっかいな問題であったろう。

あれほどインパクトのある事件が、巧妙な隠蔽によりその詳細なるべく全国的に知られないよう矮小化して風化させてしまったのは、お互いに両方の事情を配慮したいわばメディアと警察の「共同作業」の結果である、と私は考えている。

2012/05/01

2. ( 暴露本 )

2. ( 暴露本 )

20039月に出版された曽我部氏の「稲葉の絡んだ事件の詳細な状況」と背景を考察した暴露本の登場で、稲葉警部個人の犯罪での決着をもくろんでいた道警にとっては致命傷になると思われた。

この年には、警察にとっては触れてほしくないことがてんこ盛り状態の本が、織川氏、曽我部氏と立て続けに出版され、特に曽我部氏の著書の全体のトーンは稲葉個人の悪徳ぶりよりも北海道警察本部の組織犯罪、腐敗、隠蔽で貫かれ、当時の報道機関の不自然な対応にも言及している。

道警の腐れ具合が世間に広がりを見せ始め、北海道全体がよどんだ空気で覆われ何かスッキリとしない状況のなか20042月に「裏金問題の大御所」の登場である。

これを合図のように、マスコミも活気づき生きいきとして「道警のかつてない大不祥事」として「不正経理」を報じ追及をしはじめたのである。

あの発覚のタイミングを考えると、マスコミと警察がまるで示し合わせたかのように「警察犯罪史上最悪の事件」を、私には目くそ程度に思える小さな「裏金問題」にすり替えてしまったようにしか見えなかった。かつて1999年の神奈川県警の事件が警察犯罪としては史上最悪といわれていたが「稲葉事件」が警察犯罪史上最悪の事件であることは誰の目にも明らかである。

1999年に神奈川県警察本部外事課の警部補が覚醒剤を使用した事実を把握していたのに県警本部が組織を挙げて事実を隠蔽しようとした事件である。結局本部長や警務部長ら幹部9人が書類送検され、本部長5人の幹部警察官が執行猶予つきの有罪判決を受けた。

本部長監察官室を支配する警務部長が中心となり事件を闇に葬ろうとしたのである。

県警トップが罪証隠滅に関わり、監察官室は実は警察の組織防衛のために機能していることが明らかになったのである。

警察不祥事の中でも前代未聞といわれ最悪といわれていたが、その3年後に神奈川県警をはるかに超えることが北海道警察本部で起こっていたのである。

道警裏金問題では最終的に「裏金の流用分」を「北海道」に約25千万円返納しさらにその後「国」に国費流用分約66千万円を返納している。そして懲戒が98人で減給、戒告、さらに2,700人ほどが口頭注意、口頭厳重注意等々で、懲戒といっても結局最も重いのが停職1カ月という免職なしの大甘処分である。人数こそ多いが皆で仲良く責任を分担しあって一件落着である。

元々が裏金問題など稲葉事件で露呈した警察権力の悪質さに比べればその程度の事件なのである。

裏金問題報道をめぐる北海道新聞社と道警側の名誉棄損訴訟裁判において道新が道警の

顔を立てるための「手打ち」をめぐって200610月にシンポジウムが札幌で開催された。パネリストは、一応原田宏二氏、大谷昭弘氏、宮崎学氏、田原総一朗氏、山口二郎氏となっている。大谷氏が実際に出席したかはわからない。

実は、このシンポジウムの内容が何年か前に検索した時と内容が全く違う記憶があるのだが、記憶違いか確認できない。・・・・・・・・? 

いずれにしてもこれほどのメンバーが道警本部の近くの会場に集まって「語り合う」ほどの問題とは思えないが。

裏金問題関連での報道をめぐっての場外乱闘で錚々たる面々が集まり国民の注目をそちらに(道警裏金問題がさも重大事件であるかのように)向けさせてるように私には見えたのだが。私の邪推か?

【稲葉事件】 警察を疑うことができない人のために

1.

行間から立ちのぼる警察組織のすさまじい腐臭。これは一北海道警察だけの問題ではない。20039初版の帯に書かれた佐野眞一氏の言葉である。

曽我部司著『北海道警察の冷たい夏―稲葉事件の深層』という渾身の書き下ろしで、出版当時はある程度話題になった本であった。

最近では刑期を終えて出所した稲葉氏本人の「告白本」が出版されているが、事件の背景の客観性とマスコミの対応も含め事件を俯瞰的に眺めている曽我部氏の著書のほうが皮肉にも当事者本人の「言訳本」よりも「稲葉事件」の本質を捉えている。

この事件が我々に提示した「問題の核心」が、稲葉氏の告白本の帯に書かれている覚醒剤のや拳銃のではないことは事件のことを知っている人は皆わかっていることである(真実を隠そうとする勢力を除いてのことだが)

20027月に発覚し翌年に判決が出ている事件を扱い、この本が世間に広まれば「警察は持たない」のではとさえ思わせる内容であり、公安(公安警察と公安調査庁)により「デッチあげられた監視弾圧対象者」である私も当時は他人ごとではなくその後の展開(メディアがあらためてこの事件についてどう扱うか)を注目していた。

しかし出版2ヶ月後には「裏金問題」がテレビ朝日でスクープされ、さらに数か月後に北海道ではダメ押しのように原田氏が登場し「道警の裏金問題」を記者会見で語り始めた。全国の注目が集まり、連日「稲葉事件」の数倍もメディアに取り上げられ、日本全国「警察の不正経理問題」が話題の中心になり、名のあるジャーナリスト達も皆、国家の一大事の如く語り出し追求し始めた。そして警察が組織として立ちいかなくなるような「様々な問題を孕んだ深刻な稲葉事件」を隅に追いやり矮小化してしまったのである。

報道機関を代表とするメディアやジャーナリスト達が「真実」を追究し常に「真相」を暴くわけではないようだ。場合によっては、その内容によっては「力のある側」によりかかり、見てみないふりをし、話題を逸らして隠蔽に協力するようである。小さな事件を意図的に大きく見せるためにスクープ情報を提供して「本当の巨悪」の真相から目を逸らせたり、企業としてのメディアとなんらかの取引材料にする手法は昔から珍しくはない。

当時私は、警察組織がひっくり返るような「稲葉事件」よりもなぜ「裏金問題」なのか不思議に思っていた。意図的な「問題のすり替え」のような感じすらしていた。

「稲葉事件」とは20027月に発覚し20034月の「稲葉個人の犯罪」の判決で表面上は決着したかにみえる事件である。その詳細を知ってる人は全国的には少ないと思うのだが。もしそうだとしたら、警察権力がメディアを介しての「情報操作」に成功した、あるいは警察に加担したマスコミが徹底的な追及をせずにほかの事件や報道で国民の目を逸らすのに成功したでもある。

刑期を終えて出所した稲葉氏本人の「告白本」が昨年10月に全国の書店に平積みされて、あるジャーナリストが「感激?していたので当時と少し状況がかわったのかもしれない。しかし当時は稲葉事件の闇よりも裏金問題の方に積極的だったはずだ。不思議な光景である

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