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2014年9月

2014/09/20

スピリチュアル

 


被災地で続出する「亡くなったはずの家族との“再会”」

 

死んだ母が枕元にいた

――東日本大震災の被災地では、亡くなったはずの家族や親友と“再会”したと語る人があとを絶たないという。そうした被災者の声に耳を傾け、実際の体験談をもとにつくり上げたのがNHKスペシャル「亡き人との“再会”」だ。

「死」という普遍的な問題を真正面から問い、死者との対話によって再び動き出した人を追う画期的なドキュメンタリーは大きな反響を呼んだ。震災当日から現地で取材を重ねてきた
NHK報道局の佐野広記ディレクターが番組の知られざる全貌を語る。2011311日、がれきの中で多くの人たちが、呆然と、ただたださまよっていました。
異界を覗いてしまったような、ざらざらとして、息の詰まる、あの日の空気感。今も忘れることができません。その日から現在に至るまで、東北各地に通い、地元の方たちと交流を続けてきました。気がかりだったのは、時間が経つごとに「ようやく被災者は前を向き始めた」といった、わかりやすいレッテルを貼った報道が増えてきたこと。自分が知る被災者の方々は、そんな単純な感情の中にはいないし、状況は一人一人でかなり違う。
むしろ世間のわかりやすい
決めつけに、辛い思いをされている人も多い。どういう報道をすべきなのか、自分なりの答えを探してきました。

震災から半年が経過した9月の早朝のことです。番組の編集作業で徹夜明けだった僕に、石巻赤十字病院で知り合った女性から一本の電話がありました。

その方は、義理の母と一緒に津波にのまれ、ご自身だけ助かった体験をされています。濁流にのまれる中で、掴んでいた手が離れてしまい、苦しみながら亡くなっていく姿をただ見るしかできなかったそうです。「もっとちゃんと手を握っていたら」「なんで私だけが助かったんだろう」。自分を責め続け、精神的に辛い毎日を送っていました。

その女性が、電話口ではとても嬉しそうな声で「明け方に、おばあちゃんが枕元に出てきてくれたのよ! 紫色の立派な着物を着てすごくニコニコしていて。『もう好きなように生きていいのよ。あなたの人生を歩みなさい』と伝えてくれたの」と言うのです。「最期の辛い顔しか思い浮かばなかったけど、笑顔も思い出せるようになった」と。

この話を聞いたときは「そんなこともあるのかな」くらいの気持ちだったのですが、他の方々からも「亡き父が目の前に現れた」「声が聞こえた」「亡き子どものおもちゃがひとりでに動いた」という話を伺うようになり、心にひっかかっていきました。

目に見える事実はたくさん報道されていましたが、目に見えない事実もきちんと報道すべきではないか。「亡くなった人と“再会”した」という話は、被災者の心情を伝える一つの切り口になるのでは、と番組を提案しました。

ただ難しかったのは、NHKがほとんど扱ったことがないタイプの番組だったこと。大切な人との“再会”体験は、目に見えなければ、カメラで記録することもできません。

裏をとることは難しい。当初は、「喪失体験に伴う心理現象」「深い悲しみが幻覚を見せている」といった科学的な説明も調べてはいたのですが、取材の結果、番組では控えることにしました。大切なことは、体験が科学的に説明できるかではなく、「体験をした人が大勢いる」という重い事実を伝えること。死者を身近に感じた人たちのかけがえのない体験が膨大に存在するのです。それは極めて個人的な物語であり最大限尊重されるべきだと思うに至ったからです。

ありのままのすべてを見せる

“再会”を果たした人は、自分たちの体験を「幽霊」や「幻覚」というわかりやすい言葉で表現されたくないとおっしゃいました。「幽霊」と言うと、恐ろしいものというニュアンスを含んでしまうし、「幻覚」と言うと存在そのものを否定してしまう。彼らからしたら、出会ったのは家族そのものなのです。

番組では「可哀想な人たちに辛い体験を語ってもらう」というわかりやすい同情で終わらないようにしなければならないと考えました。そこで、どれほどの悩み、苦しみを経て“再会”があり、今どう思っているのか、わかりにくくてもいいから、被災者の気持ちを、ご本人の口からありのままに語ってもらう構成を目指しました。何か結論が出るわけではありませんが、むしろそれでいいのではないか。最終的に、被災者
4人がそれぞれのかけがえのない体験を語る、証言ドキュメントのような番組になりました。

放送後、被災地からは「よく放送してくれた」「私たちの気持ちをそのまま出してくれてありがとう」

実はこうした体験をしていても、他人の目を気にして口に出せない人も少なくありません。体験者の肉声が放送されることで「自分だけではなかった」「人に話しやすくなった」という安心感が得られたようなのです。

一方で、特異なものとして視聴者に映ることをとても心配していました。しかし寄せられた反響の中に、オカルトスピリチュアルの類いだという否定的な意見は、意外なほど少なかったです。反対に「このテーマに最初は驚いたが、自分の大切な亡き人を思いながら共感した」「私にも体験がある」などという意見を多数いただきました。

大切な人の死や、その人を思い続ける気持ちは普遍的なものです。被災地だけでない多くの人に反響をいただけたのは、人間の持っている複雑で繊細な心の奥底に、番組が訴えかけることができたからかもしれません。

忘れてはいけないのは“再会”を果たした体験が「気持ちが楽になった」「癒やされた」と一概に言えるものではないということです。 “再会”したことで余計に苦しみが増したという人や、なぜ自分は“再会”できないのだろうかと苦しむ人にもお会いしてきました。それに“再会”が転機になったという被災者の人たちも、一歩前に進む日もあれば後ろに戻る日もあります。でもきっと、それが当然のことなのだと思います。ありのままを受け止めることが、大切なことかなと思っています。

NHKは、現在も月に1度、NHKスペシャルで被災地の現状を伝えています。被災者の方々とのお付き合いの中から、少しずつ心情を話してもらえるようになってきています。僕も震災直後に吸ったあの空気感を反芻(はんすう)しながら、今後も工夫して番組制作を続けていきたいと思います。

                        ( 引用終わり)

真偽はわからないがこういうのもある。

「石巻市や気仙沼市で多く見られるという幽霊現象。
実際にタクシーに乗せたという経験を持つドライバーに直接インタビューを行った。
彼らは乗車させただけでなく、会話もしている。
初夏に厚いコートを着て乗り込み、いつの間にか消えてしまう。乗車記録が残り未収金となる。

若い人が多いのも特徴のようだ。ドライバーたちは怖がるわけではなく、その存在を受け入れる。
古くから日本人がしてきたことと同じだ。」

                   『呼び覚まされる霊性の震災学』


『 私はオカルトやメディアに登場するスピリチュアルカウンセラーの類いは、ほとんどがなので信用していない。ひどいときには霊能者のスタッフが事前に仕込むねつ造も普通に行われている。著書の多い有名人物であってもコメントする価値もない。

人の心に付け入って商売している人間である。
すべて「・・と称している」だけで、語れる人間は今までもこれからもひとりもいないのである。

何の落ち度のない罪のない人々、善良な人々と云われる人間がなぜ悲惨な死に至るのか。これは人間の考え方、感じ方なので真実はわからない。
ただ言えることはそれぞれの死がどんな死に方であってもそれぞれに意味があり人間が勝手に判断できないのではと私は思っている。

「すべて平等に訪れる死」を考える上で霊的なことは人知を超えた何か「意味のある現象」であるかもしれない。

私も脳内の一作用だけでは説明しにくい「あっ」という強烈な体験があるので、被災地での事は非常に興味深い話である。』



 

2014/09/13

 闇の中2

 

「人間は地球上のあらゆる生き物の中で唯一嘘を言う動物である。」

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160121/k10010380811000.html

ロシア元職員毒殺 英調査委「プーチン大統領が関与か」

 

10年前にイギリスでロシアの治安機関の元職員が毒殺された事件で、イギリス政府が設置した調査委員会は、「計画は、おそらくプーチン大統領によって承認された」などとする報告書をまとめ、プーチン大統領が関与した可能性があるという見方を示しました。

 

この事件は、プーチン政権を批判してイギリスに亡命していたロシアの治安機関の元職員リトビネンコ氏が、2006年にロンドンで放射性物質を使って毒殺されたものです。
イギリスの捜査当局は、事件に関与した疑いがあるとしてロシア人の元同僚の身柄の引き渡しをロシア政府に求めましたが、ロシア側は拒否し捜査は難航しました。
このため、イギリス政府は遺族の訴えを受けておととし設置した第三者による調査委員会で、80人以上の関係者から話を聞くなどして調査を進め、委員会は21日、およそ330ページに上る報告書をまとめ公表しました。
この中で、調査委員会は「殺害の計画は、おそらくプーチン大統領によって承認された」として、プーチン大統領が関与した可能性があるという見方を示しました。
この問題を巡っては、イギリスとロシアが互いに一部の外交官を追放するなどして外交問題に発展した経緯があるだけに、今回の報告書の結果を受けて今後、両国間の関係に影響を及ぼすことも予想されます。

 

リトビネンコ氏の遺体から猛毒

 

この事件は、2006年11月、プーチン政権を批判してイギリスに亡命していたロシアの連邦保安庁=FSBの元中佐、アレクサンドル・リトビネンコ氏が亡命先のロンドンで死亡したものです。
リトビネンコ氏の体内からは猛毒の放射性物質ポロニウムが検出されたことから、イギリスの捜査当局は、何者かに毒殺されたとしています。
捜査当局は、リトビネンコ氏が体調不良を訴えた当日、ロンドンのホテルで面会した連邦保安庁の元同僚のルゴボイ氏を容疑者と断定し、ロシア側に身柄の引き渡しを求めていました。
しかし、ロシア側は、引き渡しはできないとして拒否したことから、両国は互いに外交官を追放するなど関係が悪化しました。
この事件を巡っては、リトビネンコ氏が病床でプーチン大統領を非難していたとされるほか、イギリス政府がロシア政府の事件への関与を示唆する機密文書を作成していたことが明らかになるなど、ロシア政府の関与があったかどうかが注目されていました。

 

報告書にロシア反発

 

ロシアの治安機関の元職員リトビネンコ氏が毒殺された事件に関するイギリスの調査報告書について、ロシア外務省のザハロワ報道官は、「刑事事件が政治問題化され、ロシアとイギリスの間の雰囲気を悪化させる」と述べて反発しました。
また、イギリスの捜査当局が、事件に関与した疑いがあるとして引き渡しを求めているリトビネンコ氏の元同僚で、現在ロシアの下院議員を務めるルゴボイ氏も「調査報告はばかげており、いつものロシアのイメージを傷つけるキャンペーンだ。イギリスは、リトビネンコ氏が死亡した本当の原因を解明しようとしていない」と述べて、批判しました。

 

リトビネンコ氏の妻「夫のことば正しかった」


リトビネンコ氏の事件に関する調査報告書が発表されたことを受けて21日、リトビネンコ氏の

妻のマリーナさんがロンドンで声明を発表しました。

この中で、マリーナさんは「亡くなる直前に、プーチン大統領を非難していた夫のことばが正し

かったことが証明されたことに満足している」と述べました。そのうえで、「今度はキャメロン首

相の番だ。ロシアの情報機関のすべての関係者をイギリス国外に追放し、経済制裁を行うべ

きだ。この報告書の内容を受けて、首相が何もしないとは考えられない」と述べ、イギリス政府

に対してロシアに強い姿勢で臨むよう訴えました。

                              2016年1月22日

 

2014/09/12

725 726 727その後

2014827日に7ヶ月ぶりに行ってみた。      

下足箱はそのままである。

Photo_4

4月から受付で下足箱のキーと引き換えにロッカーキーを渡すことに変わったそうだ。(いや違う、ヤバイので公安の助言で変えたのである)
表向きの理由は後で何とでもつけることができる。
そんな面倒くさい大衆温泉はあまりないだろう。

通常は下足箱に靴を入れる。鍵をかけるかどうかは客の自己責任の範囲である。

銭湯に限らず下足箱のキーは自己管理が一般的である。

そして10人ぐらいしか客がいないのに当日受付で渡されたロッカーキーの番号がこれである。(なぜか既に事前に用意されていた。)

Photo_6

この大衆温泉には絶対にわからないように唐突かつ注意深く行ったのだが、今回はこれである。

入口のベンチでたむろする「高齢女性」たち(協力者は「クソ婆ぁ」と禁止用語で呼ばれている)が「やめればいい」と大声でほのめかしていた時点でやはりどうやっても無駄なことがわかった。

徒歩だろうが車だろうが自転車だろうが「住所が定まっている」私の場合公安の追跡をかわすのは不可能である。そして「やめさせたい」のはブログのことのようである。

私に関連したことを「偶然」のふりをしてやる場合、一見たいしたことをやられてないように思うかもしれない。「関向」でも書いたように裏で行われている一連の流れと事前の連絡による用意周到なセッティングを見れば、どれほど執拗な監視体制と犯罪のような干渉が行われているかが理解できるだろう。

24時間水も漏らさぬ体制でなければできない芸当で、電話連絡だけではできないことである。「」と「確認」してこのキーを渡すのにどれほどの尾行(必ずしも直接ではない)と連絡体制が必要か想像できるだろうか。

こんな手間暇かけた、ふざけた嫌がらせをどこの誰ができるのか?

誰が何のためにやるか」。

話は非常にシンプルで単純なのである。

このようなことが30年以上にも亘って可能でかつ実際に実行できる組織はどんな組織か。
全体の一部分に関与することはどんな組織、会社、団体でも可能である。

組織的なストーカーにおいてはこれらは「協力者」としてパーツを担っているに過ぎない。
主導しているのは権威・権力のある組織なのである。
系統立てて具体的に指示できるのは誰か。
 
民間のどんなに大きな、例えば自民党などのような政党の後援会組織や民間団体だけではできない。巨大な創価学会でも無理である。ましてや一探偵事務所など不可能である。

小さな学校勤務時代から始まった組織的なストーカー行為であるが、「きっかけ」となった政治色の強い組織「北教組」の指示だけでできるはずもない。
裏ですべてを取り仕切りバックアップできる権威のある公的な機関だけがあらゆる場所と場面で可能なのである。

公的組織の構成員、そして組織そのものを巻き込んで協力者として指示して動かすことができるのは、ずっと上に君臨する大きな権威、絶対的な権力のある公的な機関だけなのである。
それをできるのは捜査権のある警察でしかも目に見える活動では限界があり忙しすぎる刑事警察では不可能である。

教育界と地域の要請があれば、「思想調査」「危険防止」「破壊活動防止」の名目でほとんどなんでも可能な活動専門の公安警察だけが可能なのである。

私の日常生活のあらゆる場所場面で、私に直接刑事告訴されないようなかたちで裏で登場し絶大な影響力を行使できるのは、警察手帳を提示できる公安警察だけなのである。

謂わば、「危険人物」に仕立て上げられた指名手配犯を、巨大な国家機関である公安(公安警察や公安調査庁)が監視・管理の名目で普通に生活している一個人に組織的なストーカー活動を行うという前代未聞のことになっているのである。

公安警察が登場すれば捜査権を振りかざし、「危険人物」の捜査の一環として証言させないように口止めし、「いかに私が悪者か」を吹聴して正当性を主張し、ほとんどすべての通常では考えられないようなストーカー行為を可能にしているのである。

おおげさにでっち上げられた嘘の「危険人物」であっても警察の依頼なので皆黙って協力しすべて言いなりになって協力し、警察の言うことはすべて正しいと思わせられているのである。

狡猾な公安のヤクザものは組織的なストーカー活動において、こども高齢者身障者といった所謂「社会的弱者」を協力者として徹底的に利用する。このことだけでも(一応工作なのだが)、その「狡猾さ」が理解できるだろう。

苫小牧ではありえない事件の後、数か月後に行ったときにはガラガラにすいていたのに「110」のキーを渡された。

公安はからかうほど余裕があり暇人なのである。このようなことが公に可能で指示できるのは例えば右翼担当の警察庁警備局公安課の意を受けた道警警備部公安課なのである。
もう一つの公安の捜査権のない道公安調査局では何らかの関与はしていても、単独ではここまで口止めして協力させるのは無理だろう。

いずれにしても昭和54ぐらいに遡れば公安関与のすべてのことが解けるのである。刑事警察とちがって秘密裏にすべての捜査、監視ができる公安警察だからこそできるのである。

私は若い時分に間違ったことはしたが、ここまで危険人物にされる理由はない。プライベートを含め「北教組」の件でも尾ひれを付けた一方的なでっち上げは許されない。

たとえどんな理由がつけられようとも、相手の土俵で後ろ盾も何もない実は弱い立場でプライベートを含め丸裸で八方塞がり状況で最もやりやすい愚か者を日本最強の犯罪組織公安警察に委ねて知らんぷりしてた当時のあの連中たちはさぞかし気分がよかったことだろう。



               

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